ツメが伸びるのはやいねん。

都会に住むトカイ子と、田舎に住むイナカ子が、都会砂漠と田舎沼をサバイバルする日記。

※以前書いた記事のリメイク版

「はい、こちら800円になります。」

どうもーと大学生くらいの一団が買っていったのは、「底に穴の開いた」さかづきだ。

「空吸(そらきゅう)」という高知の民芸品で、時代劇に出てくる頭にかぶる笠のような円錐形をしている。穴をふさがなければ酒がこぼれてしまうし、注がれた酒を飲み干さなければ机に置くことができないという、ちょっとした宴会のジョークグッズのようなものだ。

私はこのさかづきを「自己肯定感」のようだなと思った。

 

自己肯定とは、「自らの価値や存在意義を肯定できる感情等」と定義される。日本人の若者は総じてこの自己肯定感が低い。2019年版の内閣府の調査によると日本の13~29歳の若者の自己肯定感は、欧米6か国と比較して最下位だった。ついでに、「自分は役に立たないと強く感じる」の、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」の回答の合計は51.8%だった。2人に一人は自分が「価値のない人間」だと思っているということになる。

 

その数字が示す通り私も自分が、大嫌いだ。

 

自己肯定感が低いと何が起こるか。まず、自分に不利益があるとかどうでもよくなる。無茶な徹夜を必須とする業務も、「まあ別に私だし」と引き受けてしまう。

それから、自分を信用できない。だから、他者からの評価を受け入れられず、何をしても「失敗」だと認識してしまい、自己成長ができない。

人間関係にも影を落とす。恋愛がうまくいかない。そりゃそうだ。だって、自分が「ゴミ」みたいに扱っているものをどうして「他人」に大切にしてといえるだろうか。

人生で初めて付き合った彼氏も、私が自己否定を繰り返すたび、「お願いだから、俺の好きな人のこと、そんな風に扱わないで。悪く言わないで。」と困ったように言ってくれた。

 

本来は、穴の開いたさかづきなんて不良品だ。面倒なだけだ。飲むという簡単な行為を難しくしている。けれども、穴が開いていることで楽しい空間を作り出してくれるから価値が生まれる。穴の開いたさかづきをちゃんと自らの意思でふさいで、そこに注がれたものを受け取って、血肉に反映させていく。そうして取り込んだものを糧にして、自らを成長させていく。

さて、思春期をとっくに終えた私はいまだに「自己肯定感」という「空吸」を楽しめておらず、今すぐにでも叩き割りたいが、毎日3つ自分をほめる、とか、心の中でプチパーティーを開いてどうにかこうにか抜け出そうとしている最中だ。

 

抜け出そうと思ったきっかけも、やっぱり失恋だった。

彼のことを大好きで大好きで、男女としてというより戦友のような仲になりたかった。背中を預ける、安心してもらえる、頼りにできるような、戦友のようなカップルになりたかった。だけど、最初の恋愛と同じ失敗を繰り返し、直接的な原因は違うけど、私たちは別れてしまった。

私のさかづきの底の穴は、大きく大きく広がった。破片は拾ったけどどうしていいかわからなかった。失恋の痛みだから一過性かもしれないが、でも、とにかくすぐに対処しなければ本格的な修理にも至れなさそうで、このままではもっとダメになる。

だから、私は一時的な修理のために瞬間接着剤を使うことにした。どきどきしながらサイトを探し当て、意を決して予約を確定させ、小雨降る夜に新宿のホテルに向かった。そわそわしながら待っていると、「こんばんはー」と来てくれたきれいなお姉さん。私が予約した瞬間接着剤、「レズ風俗」のキャストの方だ。

「めっちゃ緊張してますねー」とにこにことおもてなしをしてくれて、女性のやわらかさとか、言葉の素敵さとか、全力の癒しを受けた。時間が来て、お別れのキスをしてもらってお見送りした。

「そうだ、私も素晴らしい」 一人残されたホテルでつぶやいた。だって、あのお姉さんは素敵だった。柔らかくてあたたかくて、髪もさらさらで、声もきれいで、しゃべり方も素敵だった。

ベットに腰かけて世間話をした時も、私を楽しませようとしてくれているのが伝わってうれしかった。

クオリティは違うけど、私もあの人と同じものを持っている。私も、私が今感じている幸福感のようなものをきっと誰かに与えられたはずだ。別に、ベットの上の交流だけじゃなくて、それ以外の部分で私が感じた幸福感を誰かに与えられたことがあったはずだ。

「だから、きっと私も素晴らしい」。

一方的にサービスを受け取るだけ受け取ったその数十分が、欠けた私のさかづきの破片を貼り合わせて修復してくれた。水漏れだってまだするけど、本格的な修理に踏み出すだけの余力を与えてくれた。

レズ風俗じゃなくてもいい。自分を信じられなくなったら自分が誰かに与えたものと似たようなものを疑似的に経験してみると


いいと思う。ご飯を作ってもらうとか、チケットの予約をしてもらうとかなんでもいい。その時と同じ幸福感を自分は誰かに与えられていた。だから、きっと大丈夫だ。あなたは十分素晴らしい。

私はレズ風俗で、人間が存在するだけで持てる素晴らしさに気付けた。私たちは同じ可能性を秘めた器をもって生まれている。今日も自分自身の「空吸」に何とか注げたわずかな液体を、まだなじまぬ味に苦労しながらもそっと飲み干す。いつか楽々となみなみと注いで飲み干せるようになれたらなと、そう思う。

f:id:tsumehaya:20190908165323j:plain