ツメが伸びるのはやいねん。

都会に住むトカイ子と、田舎に住むイナカ子が、都会砂漠と田舎沼をサバイバルする日記。

大切な人の大切なものが失われていく

じわじわと仕事が日常を侵食し始め、

毎日が100%、自分のものだった毎日の終わりがみえつつあります。

どうも、パンドラの箱の中のとかい子です。

 

五月も終わりだというのに、急に寒い毎日が続いておりますね。

多少体が弱っているのか、蕁麻疹をはじめとした軽い体調不良が続いております。

 

さて、東京都の新しいロードマップが発表されましたね。

 

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まだ、何にも考えてないし、その背景とか理解もしていないのですが。

おそらく、この建物の区分けは、建物用途別に分けられているんだと思います。

それでも、このくくりでいいのか?なんて思う所ですが。

 

10時までの飲食では、私はなかなかバーに顔をだすこともできないでしょう。。。

マスターは元気でしょうか、お店は残ってるでしょうか。。。

 

またしても名指しでライブハウス。

そこでしか、深呼吸ができない人や、そこでしか表現できないものがある誰かの

背中がいくつか浮かびます。

 

何か、何かしなければ、と思う。ので、まず、できることを整理してみる。

落語も、お笑いライブも、高座も、ずいぶんと私から遠い。。。

 

制限をもうける側の人々は、さらりという。

「はっきりとした手法は分からないが、各経営者の知恵でもって対応していただきたい」

 

背水の陣の挑戦は、思いもよらぬ何かを生み出すかもしれない。

けど、それは、本当に恐ろしいもので。

でも、あとがあるぞ、思い切って飛び込んでいけ、

というの安心も社会が人々に約束したものではなかったか。

 

 

 

持っている言葉の意味が違うから一生うそをつかなきゃいけない

緊急事態宣言もさすがに今月で終わりでしょうね。

なんだか、腑抜けた毎日を送ってしまっています。

最近あまりにも、世間が騒がしく、より一層自分が何したいんだっけなあ、が

見えたり見えなかったり。

こういう時の気力は高座に落ちてたりするので、早くおしゃべりがしたいです。

どうも、とかい子です。

 

あ、タイトルは、最近好きな詩人の方の一句をそのままもってきました。

自作ではありません。

 

itokonda.thebase.in

 

詩集は、レイアウトとかフォントとか、紙質とかそういったものも

含めて楽しむものなのです。この一冊には、短歌がまとめられておりまして、

衝動買いしました。

一番好きなのは、

「前髪にかけてきた途方もない時間の一部にあなた」

という一句。

俳句は、スケッチに似ていると思っていて、言葉で景色を描いているようだと

思います。鏡の前でこてを充てて、残り時間を気にするかみの永い女の子の姿と、

いつもと同じようにセットされている髪をただ眺めるだけの誰か、みたいな

そんな絵が浮かびます。

 

俳句といえば、実はとらさんシリーズにも似たようなのがありまして。

現代俳句家といえばの俵まちさんを迎えた一作。

新作の寅さんの主題歌を桑田さんが歌っておりましたが、

この作品の中にもサザンオールスターズの曲が使われています。

movies.yahoo.co.jp

 

この作品は、独身の女医さんととらさんの恋模様が描かれているのですが、

作中に

「結婚して家庭に入る幸せは誰にでも可能性があるかもしれない。

ただ、ここには君にしか負えない幸せがある。」

みたいセリフがあります。

心がゆれる女医さんに上司に当たる方が投げるセリフですね。

まだまだ、女性は家庭に入るもの、仕事は腰掛け、みたいな風潮が当たり前だったで

あろう時代に、こうした職業をまっとうしろ、みたいなセリフが

受け入れられていることが、個人的にはささったポイントでした。

まあ、今だったら、結婚しても働き続けられるようにしろよ、となるんですが。

こうした方々が制度と戦ってきたおかげで、大多数が支持する理不尽な普通が

塗り替えられてきたのかなあと浅い考察を思ったりしております。 

 

旅立ってゆくのはいつも男にてカッコよすぎる背中見ている

 

映画の最後のシーンに使われた一句ですね。

今の作品はダブルヒロインといいますか、大学生の女の子がたびたび登場します。

マドンナの姪っ子に当たる子でこの子が俳句の読み手です。

早稲田大学のキャンパスがたびたび登場します。

 

寅さんが早稲田の杜にあらわれてやさしくなった午後の教室

 

合間、合間に映像が切り取られてスケッチされるのが

面白い映画だと思っています。

 

諸事情あって、ちょっと異常な体のだるさを感じており、今日は

のろのろとしか仕事ができませんでした。

こんな時は早めに寝るに限るのですが、明日は楽しみにしている飲み会が

あるので頑張って仕事を終わらせたい。。。。

 

「秒針が 追い越していく 指の速度」

 

だーだるい、気持ち悪い、眠い。。。。。

 

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光陰矢の如し

片手に四角い小さな海と網とを持ち歩くの当たり前になってずいぶんと時が

流れました。

とかい子の海にはいつも小さなひびが入っています。

誰か、邪魔にならないスマホカバーを買ってください。

絶賛閉鎖都市のとかい子です。

 

とかい子、普段からイベントにやたらめったら行きがちですが、

スケジュール管理はほぼほぼフェイスブックの通知に任せております。

最近なのか、以前からなのかはわかりませんが、イベントを

グーグルカレンダーと同期できることをしり、イベントのブッキング防止にも

なっております。

通知の時間設定を前日にしておけば、仕事帰り、夜寝る前に明日の予定を

自然と確認できるようになりまして、多少は管理ということが

できるようになりました。

できないことをできるように努力するではなく、ツールを使いこなす、

という風にうまく発想を変えていければ、自己肯定感とやらも

多少は改善されるのではないかという淡い期待。

毎日ミッション三昧ですね。

 

さて、とはいえ、とかい子は手帳派です。

日記を書く習慣はないので、手帳が日々の日記かわり。

こんなことあったな、あんなことあったな、と楽しく思いかえせますし。

文字を書くということ自体が好きだったりします。

字は汚いけどね。

あとは、去年の今頃、何にどれくらいかかってたかなあと把握することは

仕事のスケジュールの見立てを立てるのにも役立ててるような気がします。

今年は、こんな手帳を導入してみました。

 

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上が月で、下が週になっているタイプです。

もともと、物事の細分化が苦手な私は、大枠の把握から入ります。

これとは別に三カ月分くらい先までのスケジュールを書き込めるでかいエクセル

シートを用意しておりまして、同時に何が進行しているのかを可視化しております。

 

こんな風に書くとそれなりに仕事できてそうな感じがしますが、

全然、できませんからね、仕事。

 

プラスして、todoリストを導入しました。

作業の洗い出しがこれでやりやすくなりそうです。

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まあ、でも。

細かな作業ばかりにかかりきりになっていると、本来自分がすきな、

仮説をもって適当に動く、ができなくなってしまいますからね。。

小さくていい、何か一つでいいので、今年は作り上げましょう。

昨年度は割とパンフレットをがんばったので、今年はリレー企画をしたいですね。

 

インスタントカメラGPSタグをつけて、駅やバス停においておいて、

写真を撮ってもらって、どんどんわたっていく。

どこかの誰かの視野をシェアをするような、そんなことをしてみたい。

本当は、地元のお祭りでするつもりでしたが、

コロナのためになくなってしまいましたからね。

どこかまた場を探しましょう。

 

とかい子がとてもお世話になっていた先輩がお二人辞めました。

私はとても、自分のいる環境の変化に弱い人間です。

そのため、こういう時期はできるだけ新しい環境や

知らない人と出会ってバランスを取りに行きます。

今年は、それをさぼってしまっているせいか、ダイレクトに体に来てしまいましたね。

 

面白いことをしていかなければ。

それを見せたい人もいますのでね。

(在宅にだれつつ、愚痴をこぼしつつ)

 

あひ見ての後の心にくらぶれば

絶賛、緊急体制下の大都会

人がまばらな東京の空はとはいえ相変わらず狭いようです。

変化を愛してやまないとかい子、

不安定だろうが何だろうが、変わりゆく毎日でできることをやっていこうスタンスは

変わらずでいたいものです。

 

医療従事者のあなた、絶賛闘病中のあなた。

いきのこっていきましょう、いつもありがとうございます。

一般人な私は、せめて皆さんが繋いでくれた未来がよくなるように

力を蓄えていきます。

(訳:在宅ワークでもさぼりません、、頑張ります。)

 

さて、毎回、このブログの趣旨を確認するところではありますが、

「トカイ砂漠をサバイバル」がテーマのはずです。

実態は、大体、トカイ子の内面話を暴露しては満足する、王様の耳はロバの耳―と

叫ぶための大穴をせっせと掘ってしまっています。

 

今日も叫ぶとしましょう。

 

「なんか、彼氏ができましたーーー!!」

 

ね。この間まで、元カレ結婚したわ、とかぐすぐすしてたのにね。

 

もはや、関係性を失うことが怖くて仕方のないトカイ子。

人間として大好きな人とずっと関わっていくためには、友達でいればいい、

と思っていました。

始まってしまった瞬間に、終わりができてしまうので、全ての楽しいことは、

その終わりのつらさを明確にするようで。

もう、本当に好きな人とは付き合うのやめよう。

好きになれそうな人とつきあおう。その前に、恋愛せずに一人で豊かに生きよう。

そう思っていたりしたのです。

 

そうやって言い聞かせて、自分の気持ちを改名して仲良くやっていこうじゃないの、

となだめていたのです。

 

 

自分のことに、好きなまちや作っていきたい未来に集中して

今助けが必要な人にできるだけ寄り添えるような、

めちゃめちゃタフな笑顔の持ち主になろうと思っていました。

  

ただ楽しいだけでいることはもうなくて、楽しい度に少し切ない。

それでも、結局目前にどうぞ、と置かれたものにおずおずではあるものの

手をのばす。

会うたびに小さな切り傷は増えて、楽しいなあと思う気持ちがアルコール消毒のように

ピリピリとしみる。でも、もういいやあと思ってしまいました。

 

でも思う。なんの戸惑いも、違和感も、責任感も、義務感も後ろめたさもなく。

誰かをおもいっきり心配できる立場を、何気ない毎日を共有できる権利を

行使できるって本当にうれしい。

久々である。ただただ、「あなたが大切だ」と純粋に思うことができるのは。

あれ、何だったら小学生ぶりじゃね?

・・・今までがね、死にそうだったり、遠すぎたり、緊張しっぱなしだったり、

遠慮し放題だったからね。尽くしすぎてしんどい日々。自家中毒に陥る毎日。

愛は病名ですよ、本当に。

 

私が好きだなあと思ったその人は、

内面の一番隠したいところにしっかり踏み込んでは

「なんだ、ただ、自分大好きなだけじゃん?」と

吸殻をポイと捨てていくような人でした。

そのくせ、自分が言った言葉がまんま自分に跳ね返ってたりして。

 

私の好きになったその人は、

私とよく似ている部分もあって、人に平気でいろんなものを渡すのに、

自分が渡されたら受取方が分からなくて、

素直に受け取れずに、わざとちょっと傷つけたり、時間を置いたりして

ようやく受け取ったりして。

 

私の好きなその人は、

自分を主張することに躊躇しなくて、そのくせ少し人見知りで

自分のテリトリーに踏み込んでくる人を見るたびに、

いつまでいてくれるのかなーなんてちょっと不安になっちゃうような人で

好きなものに夢中で取り組める所があって、きれいな言葉を使うひとで

「ありがとう」が口癖で、人に気づかれないように気づかいをするひとです。

 

私を好きになってくれた人は、

私の不安に私より気づいて、私がより自由に動き回れるようにしてくれて、

私が渡すものをなんの躊躇もなく受け取ってくれて、大げさな物言いを許してくれて

酒とたばこと音楽が似合う人で、モチベーションになってくれる人で

過去とか未来とか置いといて今の楽しみ方が上手な人で、

私に居場所を分けてくれる人で。

 

そんな、私のわたしが好きな人。

 

・・・・・・・・・・はい、おおのろけでした!

早くコロナ収束しないかな!

 

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お題「ささやかな幸せ」

言葉は国民性をつくる

言葉は国民性をつくる(国民性が言葉を作ったのか?)と思う。

いろんな国の人と喋っていると面白い。

どうも、旅をしてもひとり、イナカ子です。

https://www.instagram.com/p/B9hFBswFXwR/

日本と緯度はさほど変わらないので、売ってある野菜は見たことがあるものも多い。#市場 #トルコ #キングカメラ #filmphotography #film_jp #analogphotography #フィルムカメラに恋してる #フィルム写真普及委員会 #フィルム写真部

 

地域の言葉というのは、その人をつくると思う。

日本語にあって海外にない言葉というのはたくさんあって、そうか、この感覚はこの地域には存在しないんだ、、、となることは多い。

 

先日の記事で英語のshouldの中には、日本語の「〜すべき」「〜しなよ」「〜した方が良くない?」「〜してもいいんじゃない」「〜してみるといいかも」くらいのが一気に含まれるような気がする。と書いた。

 

tsumehaya.hateblo.jp

 他にも色々あるので紹介したい。

「〜してあげる」「〜してくれる」は他人への感情がすごく入っている言い方だけど、英語ではシンプル形「〜する」しかない気がするし、「お疲れ様」はないし、「いただきます」もない。

そして驚かれるのは、"fuck"に当たる日本語がないこと。

いろんな国のfuckを集めたけど、みんなこの手の言葉はいっぱい持ってる。

fuckなしでどうやって生きてきたの?!なんて言われることもあった。

 

ある日フィンランド人と話をしていたら、「日本には"静かにする"という意味の動詞はあるか」と聞かれた。私はあるよ、と答えて「黙る」を挙げた。
なんでも、英語の" be quiet" は形容詞だから、そういう状態に「なる」だけど、動詞だったら、それは意識的なもの、人間行動の一部として捉えられているということじゃないかって。英語にはないけどフィンランド語にはあるよと言っていた。フィンランド人も日本人も静かってよく言われる国民性だから、なんか面白い。

 

漫画なんかに出てくる「シーン」は特殊だ。
説明するときは「無音を表す音だよ」と言うけど何言っているのか自分でもわからない。

 

逆に英語にあって日本語にないのが、"bless you"だ。

くしゃみをしたときに「お大事に〜」という言葉。

全然知らない人がくしゃみをしてもこれを言ったりする。

直訳すると、神のご加護を、みたいなことになる。誰かがくしゃみをするたびにこのbless youが飛び交ってなんだかほっこりする。

 

メキシコの人はさすが情熱的なラテン語。恋人を呼ぶ「ハニー」「ダーリン」みたいな言葉がたくさんある。

それも、「僕の空」「僕の心」「僕の愛」みたいなロマンチックなのから
「みかんちゃん」「いちごちゃん」みたいなものまであるらしい。
ちなみにメキシコはスペイン語を喋るが、スペインのスペイン語とはまた違うんだって。

 

ちなみに言語は国民性を作ると言ったけど、私が英語を喋るときは、英語人格になる。

日本語ほどNoと言うのに罪悪感を感じないし、文章のはじめに確信的なことをバーンと出してから詳細を述べる文章だから、はっきりものを言うのよね。

 

 

アルク #トーキングマラソン 特別お題キャンペーン「わたしと英語」

アルク「トーキングマラソン」×はてなブログ 特別お題キャンペーン
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英語はスポーツだ。打って打って打ちまくれ。

https://www.instagram.com/p/B9hEwSvFB1v/

トルコ旅に行ってきました。3週間ほど。#トルコ旅

 

英語はスポーツだ。打って打って打ちまくれ。

どうも、脳内筋肉のイナカ子です。

 

イナカ子、英語はTOEIC300点代からのスタートだ。
なんというか、勉強の勘が冴えなくて、コツが掴みにくいというか、「なんで?」「なんで?」が先行して、ちっとも前に進めない。

 

そんなイナカ子がメキシコ人の彼氏を作り、フィンランドに留学し、彼氏と別れた話をしよう。 

TOEIC300点代が、英語で日常生活を送れるようになる方法

英語は勉強じゃない。スポーツだ。基本的なルールを知ったらあとは打って打って打ちまくるしかない。

英語のドラマや歌はある程度リスニング力がついてから

よく、英語のドラマや歌で英語を勉強するといいなんて聞く。
だが待て、我々にはまだ早い。
そんなの苦痛でしかない。泣いちゃう。
思うに、それはできればある程度リスニング力が付いてからの方がいい。その際は英語の字幕と英語の音声でドラマなどを観るのが超おすすめ。結構分かっちゃってそんな自分にびっくりする。

まずは日本在住で第二言語として英語を喋る友達(もしくは恋人)を作る

リスニング、スピーキングの戦闘力0の人は、日本在住で第二言語として英語を喋る友達を作ることがおすすめだ。なぜなら彼らは日本人が英語下手くそなことをすでに知っているから。ついでに恋愛とかしちゃって、彼氏or彼女になっちまうことが超おすすめだ。だから英語スピーカーの人たちがよくたむろするバーとかカフェとかに通う。ハードルが高ければ、「国際交流イベント」とか「言語交換会」みたいな、目的の中に英語を喋ることが内包されている場に行く。
ちなみに私はとあるパーティーで、そこにいたメキシカンとダンスし、それがきっかけでFacebookゲットし、ついでに彼もゲットした。それからは英語を喋る必要に迫られ、英語を喋る頻度が格段に増えた。
ネイティブの人たちは正しい英語を喋るけど、スラングや略語を使われたら初心者にはお手上げだし、なんせ早くて聞き取るのがちょいとしんどい。対して第二言語として英語を喋る人たちは、結構はっきり発音してくれるし、略さないから聞き取りやすい。日本人はRとLの発音が下手なように、それぞれの言語によって癖はあれど、ゲルマン語系(オランダ語、ドイツ語など)、ラテン語系(スペイン語など)、あとフィンランド人の英語が聞き取りやすかった。でももしかしたら、これは言語のせいというよりはその国々の英語教育の賜物なのかもしれない。
彼らにとっても英語は外国語だから、たまに間違うんだけどね。

日本人は皆、すでに武器を手にしている。ただ童貞なだけ。

中学レベルの英文法は抑えておく。とりあえず過去形が使えたら昨日までの身の上話ができる。で逆に言えば中学レベルでそこそこいける。つまり日本人はほぼ全員、英語を喋るための武器はすでに手にしているのだ。ただ童貞なだけで。
たくさん練習を積むと、英語を話すときは脳が英語脳に切り替わるようになる。
私がそれを感じたのは、英語をしゃべっている時、「I think...」まで言って、はて何を喋ろうかと間が空いたとき。脳が、言葉と一緒に動いてる。
日本語を英語に変換しているうちは、言うこと全部決めてからじゃないと喋り始められない。だからI think...で止まることはない。
これらは我らが誇る豆腐メンタルを守るためだ。鬼メンタルのヤツには関係ない。というか、鬼メンタルのヤツは最初から関係ない。

 勝手に傷つかないようにする修行

海外の人と喋ると、勝手に傷つくことが多々あった。これは、英語だと普通の言葉なのに、日本語にするとかなり強めのニュアンスになってしまうことが原因。
例えば平気で「それは間違ってるよ」とか、「You should〜(君は〜すべき)」ってめっちゃ言ってくる。そんなにハッキリ否定しないでよと凹むし、すべきすべきって何度も言われ続けると命令されている気分になってくる。日本語の「〜してみたら?」とか「〜する方がいいんじゃない?」とか「〜してもいいかもね」なんていうバリエーションが少ないのが英語だ。 いや、訳せば英語にもあるんだろうけど、日本ほど回りくどく言わないのが基本だし、ニュアンスはshould が大部分を網羅するっていうのがなんとなくの感覚。ちなみに私はこれが辛くて別れた。

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みんなバリバリに間違えた英語を喋っている

一見ペラペラそうに見える人も、めちゃめちゃ間違った英語を喋っている。それでも多くは大したミスじゃなく、問題なく会話ができてしまう。むしろだんだん母国語ごとに間違いパターンが分かってくるから面白くもある。例えば私は冠詞の「a/an」「the」が上手に使い分けられないし、抜かすことも多い。なぜなら日本語にないから。日本人ならあるあるミスじゃないかな?メキシカンの元彼は「Did you came?」とか「You didn't came」とか、Didに動詞の過去形を重ねるミスが多々あった。メキシコはスペイン語圏なのだが、推測するに、vienes.(あなたは来る)Vino.(あなたは来た)¿Vino?(あなたは来た?)No vino. (あなたは来なかった)と、過去のことを話すときは疑問形でも否定系でも動詞の過去形を使うから・・・か?

とにかく、英語はスポーツだから、打って打って打ちまくり、たくさんミスして実践あるのみだし、周りも間違いだらけなんだから安心してミスればいいということだ。

 

英語が喋れると世界が広がるわけ

英語で話す相手のほとんどはアメリカ人じゃない。考えてみりゃ当たり前のことだが、英語を習得してから喋ったのは圧倒的に非ネイティブの人とが多い。つまり、日本語は日本部屋の鍵なのに対して、英語は共用ルームの鍵みたいなもんなのだ。
だから英語ができるとアメリカだけでなく、メキシコやドイツやフィンランドやスペインの文化にもアクセスできるようになるのだ。
私はもともと好奇心旺盛だから、英語なんか喋れなくても海外には行けると思っていたし、そのほうが冒険感に溢れて楽しいと思っていた。でもそれは逆だった。確かに行けるけど、本当に冒険しようと思ったら、地元の人たちに潜り込めたほうが深い冒険ができる。地元の情報にアクセスしないでする冒険は、結局、ネットに記載されているレベルの情報からしか得られない、浅いものになってしまう。
安心感も、冒険の深度を支える要素だ。母国語の下に英語の表記があることも多い。その意味がさっと見て分かるとか、いざとなったときに英語スピーカーは世界のどこにもいるとか、そういう安心感は旅を支える。特に英語表記に関しては重要で、注意事項や警告が、英語に慣れていなければ目につかないので見落としてしまうのだが、慣れてくると自然と目がいく。


まとめると、英語を喋るということは英語という科目をクリアすることではなく、他の文化へのアクセス権を獲得することだと思うのであります。

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優しくならないで

 

東京は雪が降りました。桜咲く中に白い雪がまい、

花が凍ったまま、木にある様子はどこかミイラを連想させてて

とても神秘的でしたね。

ええ、会社の窓から眺めましたよ。名残雪だなあ、なんてね。

 

春になると、どうしても恋愛の話をしたくなりますよ。

少ししますね。

需要はなくても、話しますよ。

 

とかい子、どちらかと言えば雑に扱われたい人ではある。

もっというと、心配なんてしないでほしいと思っている。

(あれ、似たようなことを前に書いた気がする)

 

 大丈夫?無理しないでね、とかって、

その言葉で安心なんてできたことがない。

大丈夫じゃないに決まっている、無理なんてして当たり前である。

無理せずに何かを得られたほど、とかい子、器用ではなかった。

 

今だったら、無理しないと得られないものなんて、

得たあと、使いこなせんぞーと言えるけど。

夢中になっている、であればいいけれどもね。無理に価値はない。

 

まあ、 それはそれとして。

大丈夫などではない、無理はしている、たぶんね。

そんなときに、大丈夫か、と聞くなとは言わないけれど、

その根幹は信じてほしい、であったりする。

私の選択を、私の無茶を信じてほしいというような。

 

それで、ダメだったときは、ダメだったんかあ、どんまい、

ってさらっと流してほしい、倒れても、黙ってみておいてほしい。

 

だから、今のところ私が相手に求める条件って優しくないこと、

だと思う。

優しくない人がいい。

優しくなくていいから、見といてほしい、と思ったりするわけで。

 

人生は25からの5年間で決まるという。

私はまだどこにも行けてないけど。

私をそこそこ面白がってくれている面々がまだいるから、

もう少し、もう少し東京にいてみようと、ぼんやりと思う。

 

機嫌がいい時にするのは気まぐれで、いついかなる時も、それが難しんだ、私気が短いから