ツメが伸びるのはやいねん。

都会に住むトカイ子と、田舎に住むイナカ子が、都会砂漠と田舎沼をサバイバルする日記。

苦爪楽髪(なんとも雑な舞台裏)

 

雨が降っていて、いろんなことがうまくいかなくて、

自分に関わる全てが煩わしくて、大げさなことを言えるほど

自分の人生に真剣じゃなくて、流れていく締め切りとか、

愛想笑いでごまかした信用とか

そういうものの一切が煩わしくて、見知らぬ上野のカウンタバーで一人

飲み慣れぬシェリー酒をあおっていた。

脳みそが音を立てて流れていっていた。この瞬間はもはや死と同義な

気がしてきた。少なくとも生きてはいない。

こんなんではだめだと分かっているのに。

 

聞きやすい洋楽と映画タイタニックの流れるバーで、ぼやーっと

時間をひねりつぶしていると隣に人の気配を感じた。

なんだか、渋い声の人だなーと横を見やるとあら、同い年くらい。

「ひとりでのんでるの?それとも、だれかまち?」

おひとりですよ、もちろんとわざと髪で顔を隠しておどけて見せる。

よかった、ちょっと付き合ってよ、なんて、なんて安いセリフでしょう。

 

基本的に個人情報を守るなんて考えはないので、

本名を明かし、でも素性は全部嘘で塗り固めて台本を進めていって。

2杯目をあおったところまでは覚えている。映画の二人は、

駆け落ちの約束をしていた。まもなく船は氷山にぶつかるなあと、

彼に映画タイタニックのストーリーを解説していた。

二人の恋愛物語はフィクションだが、彼らを取り巻く社会情勢は真実で

なくなったとされる乗客のほとんどが3等船室だったこと、

映画の撮影にあたって監督は何度も深海に沈むタイタニックをみにいったこと、

なぜ、主人公は死ななければならなかったのかという解釈等。

それからさーと続きをしゃべろうとして記憶が飛んだ。

 

気が付いたら、またもや久しぶりの見知らぬ天井に、覚えのない体温。

このパターン、脚本にしてもべたすぎだよ。

夕日に向かって走ってくくらいメタファーなシーン。

陳腐すぎて経験してなくても、想像できるし多分想像とちょっともたがわない。

 

足が痛い。体勢を変えたくて、起き上がろうとして手首と太ももの違和感に気が付く。

あれ、固定されてるわ、これ。

マッサージチェアに器用に固定された私の手足。

単独の撮影とかでよく見るやつだなあなんて、現実味がないので

あっさりした感想。

というか、よくあの体躯でこの体勢に持ってこれたね、私のこと。

こちらは現実的な感想。真面目にやせなきゃ。

 

脳みそが溶けて、危険認識なんかできなくて取り合えずがちゃがちゃと

安っぽい固定具の音をきき、動かないなあって思ってやっぱり天井を見ていた。

後ろから目隠しされて、視界が消えた。

さっきの渋い声で、相手は同じ人かということを把握する。とりあえずほかに人は

いないらしい、ということも確認する。

口の中に強引に指が入れられる。喉奥をかき回されて、物理的な涙がにじんだ。

 

口の端が切れたのか、血の味がした。

左足にいたいというより熱いという感じがした。てっきりろうそくでも

垂らさされたのかと思ったが、どうにも安い鞭が当たったらしい。

乱暴にあちこちに指が入る。危機的状況に対して、自分の体を守ろうと、

私の体は防衛状態に入る。

「え、こんななっちゃう?すきなんだね。」

んなわけあるか。お前がへたなんだばーか。

 

口の中に、モノが押し込まれてやっぱり物理的な涙がにじんで、

苦しいから逃れようと舌を動かして、そうしてあっさり相手は果てた。

強制的に飲み込まされて、言い知れぬ吐き気に耐える。

水を与えられたので、それはおとなしく飲み下す。

気づけば拘束具は外されて、今度はベットに引き倒される。

 

ほんっとに下手だった。なんか、痛いとか苦しいとかそんなんじゃなくて、

まじで何にも感じなくて、こう、へたくそな撮影に付き合ってる感じで

物理的な圧迫感で声は出るけど、本当にそれだけで。

まじか、こんな奴いるんだ、くらいの下手さで。

監督ってたぶん大事だわ。こう、心構え的なのどこで落としてきたんだろう。

もしくはよっぽど愛されてきたか、よっぽど適当に扱われてきたかの

どちらかだと思う。

これが正解だと思わされてきたのなら、それは彼にとってとても不幸なことだ。

 

愛のない行為に何をかけてもゼロ。いくら積み重ねたとしても何もない。

空っぽだわ、ほんとうに。

 

愛のなせる奇跡ってちゃんとある。

だって偶然に出会った二人はこんなに雑な結末しか作れないんだ。

愛にしかできないことがたくさんある。

一度でも、幸福を感じる一夜があったんなら、大丈夫

あなたは人を幸せにできるよ、きっと。

 

無意味な夜が明けて、満足げに眠る彼の携帯からさくっとデータを消して、

適当な駅名を告げて私たちは別れた。

 

もう二度とたどり着けないバーと二度と会うことのない彼は

地面に残る痕跡でしか、昨日の雨を確認できないような、

雑に残された私のあざでしか確認できない存在と同意義で、

二日後には思い出しもしないだろう。

 

「こんな時、」

たばこでもすえたらな、とおもうのだ。

青空に溶けるたばこの煙はきっとこの空の青さに透けて、

それはきれいに見えるだろう。

私の体を通ったものがわずかでも美しく見えるのであれば、

あの安い舞台の結末も多少は締まるかもしれない。

 

ばいばい、昨日の役者さん。

出る舞台は選んだほうがいいよ。特に監督との相性は大事だからね。