ツメが伸びるのはやいねん。

都会に住むトカイ子と、田舎に住むイナカ子が、都会砂漠と田舎沼をサバイバルする日記。

ちょとやってみたかっただけ

梅雨じきの頭痛に充てて

 

どうしようもないものがすきだった。

これ以上割れようのないガラス、かれきった竹、

使用用途の狭い道具。

1つしか意味を持たないもの、

あるいは、持っていた意味を手放したものが好きだった。 

 

ありとあらゆる、

どうでもいいものであふれて、見えない肩書を互いに奪い合い

時には譲り合う、このいくつもいくつもスタンスのある、

あの空間が嫌いだった。

好んで着ることのないスカートは

望むと望まざるとに関わらず、個性と無個性を如実にわけ、

私は雑多な空間の背景に甘んじる。

 

それにしかなれないもの、あっという間に意味をなくせてしまう、

そんなものばかり好んだあのころの私の唯一の逃げ場は、

古本のにおいのする図書館でも、だれもいない空き教室でも

放送部だけに許された部室でもなく。

片側にしかなかった、制服のスカートだったかもしれないと

時折思うことがある。

 

握りこんだり、覚えたてのハンドサインを示したり、

伸びっぱなしの爪は度々食い込んでいたし、

さかむけは治ったことがなかった。 

 

自分の中にいくつか時計があると思っていて、

一つの時計は確実にあのスカートのポケットの中でとまった。

高二の定期テストのあと。

ある種の自分の努力というものにつぎ込む時間がつきた、と

テストの点数の全科目の平均75以上をラインにしていた私が、

もう、学年平均わらなければいいやと思ったあの時

努力につぎこむ時間がつきた。

 

それ以来、目標に向かって頑張る、という羅列にため息を

覚えずにいられない。

ぎりぎりと、動かない時計をごまかしごまかし

電池を変えずに使うように、足踏みしながら同じ時間を差し続ける針のように、センターも二次試験もなにもかも、「努力」できないまま過ぎた。

 

それでも、元来の運の良さで、国立大学にはひっかかたし、

大学時代には、夢中にもなれた。

あのときつきた時計は、社会人になった今も動いていない。

 

努力とかそんなじゃなくて、もっとしたいもっとやってみたい、

あれしたい、これしたい、

もっとできるようになりたい

という、そういう時計は、動かし方が割と特殊で、

 流れるスピードは即座に代わる。

 

ともすれば、すべての情報から逃げ出して、

インプットもアウトプットも投げ捨ててしましたくなる。

 

ときの流れはとめることはできないが、

流れる速さだけは変えられる。

 

f:id:tsumehaya:20210529175631p:plain